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止まない雨の中を合羽を着こんで歩いてく

最後のお役所手続きした話と、後悔続きの一週間だった話

ご訪問頂きありがとうございます。

今日は有休を取って最後のお役所手続きと、弊社の地方事務所からお香典を頂いていたのでお礼のお菓子を届ける予定でした。
天気予報は曇りで自転車で回るぞ、と思っていたのに。
朝食を摂ったら雨が降り出しました。
しくしく。
徒歩で回る事にしました。

お役所での最後の手続きは、後期高齢者医療保険証の返却と葬祭費の請求です。葬祭費は喪主に支払われるので、兄から楽天銀行の口座情報のスクショを送ってもらいプリントアウトして持って行きました。念のため死亡診断書も持って。
お役所の入り口では番号発券所があるのですが、後期高齢者医療保険証の返却ですと案内の人に言うと発券されず、直接〇番の窓口に行ってくださいと言われました。
〇番窓口には番号札を取ってくださいと矢印が書かれ、そちらに向かおうとすると窓口の人にどうぞと声をかけられました。
持参した保険証他の書類を並べながら返却ですと告げると、書類を3枚出されました。
保険料の過誤納金返却と、高額療養費の還付用と、葬祭費の請求用です。
葬祭費の書類だけ書くつもりだったので焦りました。
葬祭費は喪主の兄で東京に帰ってしまったので代理できましたが…と恐る恐る聞いてみると、葬祭費の請求と、過誤納金返却と高額療養費の還付先は別でも構わないとの事でした。
葬祭費以外は私にしておきました。
過誤納金と高額療養費の還付先を私の住信SBI銀行にしました。スマホで口座情報が確認できますから。
葬祭費の請求用紙に取り掛かると、お悔やみ欄のコピーや会葬礼状のコピーはありますか?と聞かれました。喪主の確認のためです。
幸い地方事務所に持って行くお菓子に添える会葬礼状がありましたので、そちらのコピーを取ってもらいました。
兄の楽天銀行のスクショを見ながら記入して、スマホの連絡帳を見ながら兄の住所を記入して。スマホが無いと大変でした。

お役所仕事の後は最寄りのお菓子屋さんで美味しそうなクッキーを購入して地方事務所へ。
思っていたより距離がありました。
事務所に着くと所長はいませんでしたので、課長に弔電とお香典のお礼を伝えてクッキーをお渡ししました。

帰宅すると9000歩を超えていました。
足がつりました。

今週は仕事の集中力が切れると、後悔の波が押し寄せてきました。

父は入院を伝えた時に「みんなでご飯食べられる?」と言っていました。
その時は認知症が進んだなと言う感想でしたが、今は父の望みは家族で囲む食卓だったんだなと。
家で看取れなくて申し訳ないと悔やみました。

入院すると父はまずは胴体を拘束されました。
入院する前あたりから老人ホームで何度も転倒して頭を打っていましたし、点滴するのにベッドから勝手に降りようとするので拘束されてしまったのです。
また、点滴台を何度も倒すので手も拘束されてしまいました。
認知症で状況が分からない父にしてみれば、わけもわからず縛り付けられている事になります。
見まいに行くと父は「助けて」と言いました。
助けてあげられなかった。拘束を解いてあげられなかった。
最後の誤嚥性肺炎を発症した時はさすがに解いてもらっていましたけれど。
穏やかに逝かせてあげられなかった事が辛かったです。

どうすれば最後を穏やかに過ごさせてあげられただろう。家で看取れなかったか。
何度も頭の中でシミュレートしました。
何度も繰り返しました。
けれど、認知症が進んで私も母も限界となり家では看られなかった。
認知症が進んでいなければ、前回の入院の様に拘束しないですんだ。
認知症の壁に突き当たりました。
繰り返し突き当り、その内に、
こうして考えても父は帰らない。
他の選択肢があったとしても、もう父は死んでしまった。
この事実は変えられない事にやっと気が付きました。
そして、私達には他の選択肢はなかったんだとようやく納得できました。

他の選択肢としてネットで見つけたのが、認知症の人が誤嚥性肺炎になっても点滴の為に拘束して苦しめる事になる、あえて治療しない事も選択肢の一つと言う医師の投稿でした。
しかし入院する時の私は前回の入院の時の父のイメージが強くて、こうなる事は予想できなかった。
実際前回の入院で担当してくれていた看護師さんから、穏やかな人と言う印象だったので今回は様子が違ってびっくりしたと言われました。
誰にも予想できなかった。
仕方が無かった。
やっとあきらめがつきました。

今頃は苦痛から解放されて両親や兄弟と食卓を囲み、先に向こうへ逝った友人たちと好きなだけあんこを食べているでしょう。
92歳。
大往生の寿命だったと思い、これからは笑顔で仏壇に手を合わせようと思います。