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子供の頃はクリスマスツリーが買えず、画用紙に描いたツリーを窓に貼って、クリスマスを祝っていました。
それでも私が高学年の頃には、中位のツリーが買えました。
二つ違いの子供二人を県外の国公立大学に入れ、仕送りもしてくれました。
私が幼いころから母は、私が何かしくじると、
「このキチガイが!」
「お前は頭がおかしいんだ!」
等々ブチ切れました。
父は仕事一筋で子育てには関知せず、母は野放しでした。
私は親への恐怖と恨みを抱えて育ちました。
私の親ガチャは当たりですか?外れですか?
単純な言葉では言い表せないような、複雑な家庭も結構あるのではないでしょうか。
文系大学を卒業した私は、地元企業の企画職に就きました。
翌年、社長の思い付きで製造部への異動が決まり、納得できずに退職。
当時は女性の募集は23歳までで、大卒一年後の私には、正社員での再就職の道は閉ざされました。
派遣でコールセンターの仕事に就いたものの、クレーム処理で体調を崩して辞め。
その後は短期のデータ入力しか見つからず。
母へうんざりしていた事もあって、都市部で一人暮らしを開始しました。
データ集計メインの派遣をしながら、Microsoft officeアプリのマクロやVBAを独学で身に付けて、ExcelやAccessで社内ツールを作る派遣プログラマーになりました。
残業もハードでしたが、手取り30万円位で生活には困りませんでした。
その内に母が胃癌になり、胃を全部摘出したら、性格が丸くなりました。
それでも田舎に帰らずにいたのですが、仕事のストレスとアパートの隣人トラブルから統合失調症を発症。
実家に帰って一年ほど療養すると、症状は落ち着きましたが、認知機能は低下。プログラムは組めなくなりました。
今は社内システムの運用保守をしています。社内システムをマンションに例えるなら、管理人のお仕事になります。
手取りは16~18万になりましたが、1週間ごとに締め切りに追われていた頃より幸せだな、と思います。空が広いのも嬉しいですしね。
人生は二転三転する事も有り得ます。
ただ、その都度自分の意志で生き方を選び続ければ、それはもう、生まれは関係ないのではないでしょうか?
人と比べて勝ち負けを気にするより、自分軸を持って生きられれば、それで充分幸せを感じられるのではないでしょうか。